自著のための補稿(鈴木智彦)

自著の資料、補足、写真、こぼれ話。

やっとまともな取材ができた漁協の関係者

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ひやま漁協の元組合長である市山亮悦さん

市山さんは北海道の漁協関係者じゃ有名人だったので、インタビューには応じてもらえないかと思っていた。連絡先を調べ、電話を入れ、これまで何度も漁協に取材を申し込んだが断られたことも話したら、「そりゃそうだよ」と笑っていた。

その理由は「サカナとヤクザ」に書かせてもらった。市山さんは「密漁団を殺すには刃物はいらねぇんだ」「潜水での怪我は、骨が折れたとか、筋を痛めたとは全部すっ飛ばして死ぬか生きるかだ」など、原稿に使いたくなるフレーズがごっちゃりあった。

 

話を聞かせてもらったのは市山さんの番屋……漁師小屋である。この左側には網のほつれを直しているおじいちゃんが黙々と仕事をしていて、若いヤツよりずっと役に立つのだろうなと感じた。

 

 

ターレーを自家用にしたい人、俺の他にもいるだろう。

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ターレーってのは、ターレットトラックという意味で、戦車の砲塔のように駆動部(前輪部分)がグルグル回転するからです。なのでものすごく小回りがきき、狭い冷凍庫の中でも方向転換が出来きます。

築地にはまだガソリンターレーも残っていて、大坂では地元のヤクザが反対意見を潰し、一気に電動化が進んだんだけど、豊洲じゃどうするんですかね。三菱など、ターレーのメーカーも各種あります。空気を使わないノーパンクタイヤとノーサスで、耐荷重は1000キロとか2000キロです。ちなみに軽トラックの最大積載量は350キロで、ターレーがどれだけ思い物を運べるか分かると思います。

ターレーのミニカーは、俺がバイトしてる時、同業者の畠山理仁さんがプレゼントしてくれました。畠山さんは、俺が勝手に「この人を嫌いといってるヤツのことは嫌い」と認定してる人で、『黙殺』が開高健ノンフィクション大賞をとったときは、我が事のように嬉しかったです。『黙殺』はちょーおもろいので、機会があればぜひご一読下さい。

 

 

 

 

ぜひとも北方領土を見に行って欲しい。

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北方領土までの距離がすっごく近い、視察に来た政治家や役人が「こんなに近いとは思わなかった」と漏らし、地元をがっかりさせてることは、『サカナとヤクザ』でもけっこう書きました。そういった嘆息はいろんな本に書かれており、本書では沢木耕太郎の著作を引用してます。

写真ってのは、装着しているレンズで遠近感が変わってしまうんですけど、写真の赤い矢印が貝殻島灯台で、ロシアが実効支配してる海域です。手前の前浜に漁船がみえるのは歯舞漁協の昆布漁です。いまはロシアに入漁料を払って昆布漁をしています。その金は税金から出てます。

根室のスナックで訊くと、昆布漁師は金持ちなんだそうです。

「東京から来たマスコミ記者が思い込みで、北方領土で苦しんでいる貧乏漁師をイメージしてると怪我するわよ」

地方に出た時、スナックで取材するのはほんと大事。ホステスの一言は、時折、核心をえぐる。

 

 

 

押収された密漁団の道具はすべてが当人に買い戻される。

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テレビでナマコ密漁団の使う独特な道具をみたことがある方もいると思います。海上で一切、ライトを使わない彼らは、台所用のザルに防水ライトを結束バンドでくくりつけている。かっこわるいが安いし使い勝手がいいそうです。

 

現行犯逮捕はブツ(密漁した海産物)、人(密漁団)、道具の三点セットが必要なので、逮捕される時にはたいてい道具も警察に押収されます。押収されたそれらのほぼすべてが、結局、密漁団が買い戻してるときき、最初は信じられませんでした。

まさかと思った。ところが本当なんです。検察官も分かってるはずです。公的に質問をぶつければとぼけるでしょうけど、分かってないなら馬鹿です。この絵を撮った北海道のテレビ局の報道部も道新も、なぜ突っ込まないんですかね。警察からネタ貰って楽な仕事してんだろうな。羨ましい。

山口組誠友会は、札幌にある直参なんですけど、そのトップである舟木さんが亡くなった時、司組長や高山若頭も参列しまして、実話誌や写真週刊誌のほか、地元マスコミも葬儀会場に来たんですけど、道新のカメラマンは道警の刑事と一緒にきました。仲いいんすね。

北海道警察ってのはすごく面白くて、お山の大将です。広報がすべてを仕切っています。本部長を飲みに誘うのも広報を通さなくてはならない。記者クラブの新人が赴任してくると身上書を提出させるんだそうです。家族構成とか、親戚の仕事先とかです。通信社や全国紙の記者はあちこち回るので、そのおかしさに気付くんですけど、ま、面倒なんで従ってる。というより従わないとつまはじきにされます。たぶん全国で唯一でしょう。『サカナとヤクザ』にも書いてやろうかとおもったんですが、無関係な攻撃になるのでやめましたw

 なのでフリーなど完全に相手にしてくれません。事件が起これば、警察に当てたというアリバイを作るため所轄に行きますが、取材拒否になるのはわかっている。おかげで警察などはまるで当てにせず、密漁団と直でやりとりできるようになりましたが。

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本当はすべてアップしてもいいんですけど、『サカナとヤクザ』で検察庁のどこかは伏せたので一部だけ載せます。俺のばーちゃんの墓から徒歩5分の場所にある検察庁の支所です。うちの墓は館のみつ豆と水晶飴と保証牛乳のソフトクリームがおいしい港町にありますw

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ちゃんと冒頭のザルも載ってます。まったくマンガみたいな話です。

 

 

どうしてあれほど、ロシア人に直当てしたかったのか。

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ハーレーがロシア人相手のコミュニケーションに役立つとは思わなかった。

当時、日本に入ってくるロシアの船が、ほぼ確実にカニの密漁船であることは掴んでいた。カニの業者から、本国でばれると大変なのでインタビューには応じるはずないと忠告されていた。写真撮影などもってのほかで、撮ればトラブルになると脅された。実際、彼がなにをしているか概要は掴んでいたので、直接談話をとる必要はなかった。

それなのに、どうしてもロシア人から言葉が欲しかった。実話誌出身のコンプレックスなんだと思う。新聞記者やジャーナリストに負けたくないという思いは、今のところ正常に我が身の燃料となっているが、時と場合によって、自分がより頑なで潔癖な理想主義者になってしまい困惑する。

とはいえ、談話があれば、よりよいレポートになることは間違いない。どこかの魔法が使えるジャーナリストのように、通訳なしで外国人と立て込んだ会話が出来る能力はない。しかしこの通訳を探す作業がやたら大変だった。ロシアからのカニはほぼ密漁品である。それはロシア人なら誰でも知っている。元来、通訳たちは貿易の仕事に関わっている人が多く、彼らにすれば、絶対のアンタッチャブルゾーンなのだ。

『サカナとヤクザ』に出てくる岬ちゃん(仮名)をなんとか口説けたのはラッキーだった。正直、本に書いているよりcomplicatedな間柄なのだけど、密漁に関する本の中でそのことに触れるととめどなく脱線していくので省略した。彼女は何度も何度も、ロシア人相手に交渉を試みてくれた。

 

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花咲港のロシア船は、港の端っこにかたまっている。

実を言えば、特攻船の親玉だったKさんが、花咲港のロシア人たちをコントロールしていた。だからKさんに頼めば、ロシア人への取材は簡単にできるはずだった。が、Kさんは5年前から都合が悪いと電話に出ない人で、インタビューした際にロシア人への取材をお願いし、OKしてくれていたのに、なかなか電話が繋がらない。そのたび、根室での滞在が一週間、二週間と伸びていく。

結局、Kさんの手を借りず、自ら港に突撃することにして、岬ちゃんの交渉もうまくいったのだけど……結末はぜひ『サカナとヤクザ』をご覧下さい。

 

 

 

陸に上がった北海の大統領がオープンしたキャバレー。

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根室市梅ヶ枝町にある”村さ来”の場所に、かつて北海の大統領と呼ばれた石本登がオープンさせたキャバレー南千島があった。全道からホステスを引き抜き、前借り金や引っ越し費用も石本が負担して約50人を揃え、昭和43年(1968年)にオープンしたマンモスキャバレーだ。

当時、根室にはおさわりなどのピンクなサービスをウリにするキャバレーはあったが、生バンドが入り、ダンスフロアがある本格的なキャバレーはなかった。この頃、根室覚せい剤汚染が深刻で、繁華街の店舗の入口に立った暴力団員が、出入りする客に覚せい剤を売っていた。

南千島は1997年まで営業していたらしい。いまの根室は寂れきって、当時の面影はほとんどない。

軽トラで根室まで走って、最後のレポ船主を直撃した理由

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「島を返せ」ってすごくないですか。北海道でも根室だけです。街中のあちこちに「北方領土を返せ」というスローガンが貼ってあるのは。『サカナとヤクザ』に出てくる田中勇一さん…最後のレポ船主なんですけど、もう島がかえってくるとは思ってない、と言っていた。政治家には絶望しているとも。

田中さん、最初は仮名のインタビューだったんです。雑誌記事の時はそうしました。でも、今回書籍にするにあたって、どうしても実名にしたいと思った。なのでお願いしようってことになるわけですけど、5年前にインタビューしたとき、「俺の電話番号を消せ!」って言われてたんです。俺はインタビューに嫌々応じている。紹介者のKを立てただけだ。訊きたいことが終われば連絡を採る必要はないだろう。いますぐ携帯のメモリー、手帳の記述を消せ!と。ヤクザより怖かった。

Kさんは根室の元ヤクザです。かつては特攻船の親玉でした。だからまずKさんに電話をしました。そして田中さんが元気かどうか訊き、以前のインタビューの稚拙さを詫び、書籍になるのでもう一度話をききたいとお願いした。

「ああ、元気だ。いつでもいいよ。こっちに来いよ」

入稿前に電話したところ、そう返答をもらった。なので原稿を入れ終わったあと、すぐ電話したんです。ところが繋がらない。何度コールしても出ない。1回目、2回目、3回目…さすがにこっちも、ああ、そういうこと?と分かる。なので根室まで行くことにした。田中さんの住所は分かってたんで。

すぐ出たかったんですが、なんやかんやありまして、初稿のゲラを待つことになった。極めてギリギリです。ゲラが出てるのに取材に行こうとしている。それもOKか分からない相手です。宴会でみんなのコップにビールを注ぎ終わったのに、「ちょっと待って!トイレ行ってくる!」ってやってる感じです。普通許されない。いやなんというか、俺たとえが下手すぎだろうw

ともかく…タイミングの悪いことに大型台風が近づいてまして、それをやり過ごしていたら間に合わない。観念して軽トラで出ました。バイクよりはいいだろうってことで。

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函館上陸時はまだけっこうルンルンでしたw

ところが……途中で地震があり、全道がブラックアウトしてしまった。根室まで道が大丈夫なのか分からない。っつーか、ガソリンが買えない。おまけにATMも使えないから現金がない。困ったので故郷の札幌に行き先変更した。故郷だからどうにでもなるんで。

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観光客用の避難所になった中島公園の体育館

ところがぜんぜんどうにもならないw 

どこもかしこも停電ってのは、なかなかどうしてパニックだった。交通機関は動かない。ホテルも泊まれない。停電が続いてしまい、宿泊施設が観光客を追い出すことになったのは、致し方ないことだとわかる。でもさ、じゃあ観光客はどうすればいいんすか?このときの札幌を肌で感じた身としては、ぶっちゃけ根に持ってる。札幌市も、観光産業のみなさんも、右も左もわからない観光客を、ほぼケアしなかったよね?って。ま、仕方ないよね。自分のことだけで手一杯だった。うん、仕方ないよ。他人に構ってる余裕はなかったよ。

大好きな『波よ聞いてくれ』は、札幌のローカルラジオ局の話なんすけど、軽トラでラジオを付けっぱなしだったけど、観光客はどこに行けなんて情報はなかった。しかし、このマンガ、どうしてラジオの話なのに『聴いてくれ』じゃないんだ!

もはや何の話かわかりませんが、根室です。 話を戻そう。

地震になりました。全道が麻痺してます。だから締め切りを延ばしてください…は通じません。なにがイライラしたかって、東京の担当編集の温度差です。けっこうヤバいことが伝わらない。切れました。珍しく。しかし、怒鳴り合ったところで解決しません。根室に行くか、諦めるかの二択です。着ける保証はないが、行くことにした。携行缶だけが命綱でした。

 

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案外近いじゃんと思ったあなたは北海道人ですね??

無事、なんとか根室に到着しまして、その日の午前には根室の電気も復旧してたので、街も落ち着きを取り戻していた。まずKさんの家に行って、インターホンを押すと奥さんが出てきた。5年前には一緒に飯も食い、あんなに愛想が良かったのに、オホーツクの流氷のように冷たかった。ああ、これが世間ってヤツかと。

Kさんに電話くれるよう伝言し、そのまま田中さんの家に行きました。幸い、田中さんはなんとか実名表記をOKしてくれて、追加取材もさせてもらった。なので『サカナとヤクザ』は初稿の後で原稿を800字程度付け加えています。そこそこ売れたら、この時の経費を出せ!と掛け合うつもりですw

Kさんからの電話はいまもないです。こっちはゲラを持って根室まで行ったのにばっくれたんだから、クレームも言えないだろうと思い、けっこう「書くな」と言ってたことも書いちゃったので結果オーライですw