飯岡組VS.笹川一家の対立抗争事件
と、ヤクザ記事風に書けばそうなる。講談『天保水滸伝』では、大利根川原の決闘と呼ばれてます。双方が喧嘩支度をして、人気のない場所に集まって、無関係の市民が巻き添えにならないよう殺し合うってのは、ヤクザの伝統的な抗争スタイルです。俺が『実話時代BULL』という暴力団御用雑誌の編集部に入ったあと……いまから20年くらい前にも、住吉会の西海家がそんな古式ゆかしい抗争事件を起こしていた。愛人宅への出入りを襲うなんていうのは、ヤクザにあるまじきことだった。
ただし、この大利根川原の決闘は、通常の抗争スタイルとちょっとばかり違う。飯岡はヤクザで網元で十手持ちだからです。笹川を殺す大義名分は博徒の取り締まりです。圧倒的に飯岡が有利。判官贔屓の庶民感情からすれば、飯岡に好かれる要素はゼロってわけ。
当日、飯岡は講談にもあるように、利根川を船で渡ってきました。同時に陸からも手勢を送って、笹川を挟撃しようとした。ところが飯岡の動きは笹川に筒抜けになっていた。江戸時代といっても明治の頃は生き残りがたくさんいたくらいです。後年、東庄町が調査した時には、スパイのことも分かったらしい。
平手造酒は俗に言うお玉が池…北辰一刀流の凄腕だったんだけど、酒にだらしがなくて落ちぶれ、ヤクザの用心棒をしていた。こういう人間を成り下がりといい、ヤクザは伝統的にこの成下がりを大事に扱います。天保水滸伝に『鹿島の棒祭り』という一節があり、平手の酒乱ぶりは暴力団真っ青です。日本人は酔っ払いに甘いな、と思うはず。
平手は結核を患っていたため、この時、医者の家で養生していたため参戦できず、終盤になって駆けつけてきて殺される。どうせ長くはなかっただろうし、なんとも最高の死に方をしたもんだと思います。実際に決闘した川原は、現在、田んぼになってるあたりです。
このとき、笹川は無事に現場を脱出しましたが、その後、戻ってきたところをだまし討ちにあって殺される。切断された首と胴体は……ググればわかるんですが、ま、是非とも『サカナとヤクザ』をお読み戴けたら。
東庄は街全体が天保水滸伝推しなので、資料館にいけば懇切丁寧に説明してくれます。資料館近くには蕎麦屋などもあるし、歩いたってたいした距離ではないので、車がなくてもコンパクトに、楽しく観光できるはず。
漁協の取材に密漁団がついてきた。
北海道では、噴火湾のナマコは枯れないんだそうです。生物学的に裏が取れなかったので本には書かなかったけど、密漁団はそう言う。だからまず最初は噴火湾の漁協に取材を申し込んだ。実をいうと、このエリアの漁協は排他的で、気が荒いと言われてます。密漁団を追い回し、陸に上がった彼らをぼこぼこにしてしまったりする。これ、なかなか事件化しないんですよ。まだこんなのはいいほうで、船で追いかけ、引いたりするんです。プロペラに当たったらばらばら死体です。
『サカナとヤクザ』の中にも、ブログの他の記事にも、漁協の取材が大変だっと書きました。冒頭に書いたように、まずは噴火湾沿いに取材申し込みをしまして、全滅だったので函館まで下がり、ようやく、ひやま漁業協同組合 上ノ国支所の元組合長さんがOKしてくれた。
取材当日、函館一帯は雨でした。俺、この時はバイクで取材してたんです。こんなふうに記念写真撮りながら。いやまいった。雨かーと思ってたら、馴染みの密漁団から電話がありまして、気が緩んでたので今日は漁協の取材があるとべらべら喋っちゃった。すると「じゃあ送ってってやる」という。待て。待ってくれ。漁協の取材に密漁団と一緒には行けない。
「俺、近くの温泉で時間潰してから心配すんなや」
しかし、現場に着くと立て場を見に行こうとする。信じた俺が甘かった。必死に制止しました。ところが漁協の人が「一緒にどうぞ」って言うんです。そののち、密漁団が上ノ国のナマコを密漁したらしゃれになりません。
結局、関係者には全部正直に伝えました。車の運転手の素性も、魂胆も。平謝りするしかなかった。
「なんか変わった人だと思ったんだよ」
上ノ国の海には監視カメラがばっちりあるので、密漁の心配はないそうです。マジで焦った。
ダイバーがナマコを入れる玉ねぎ袋
ナマコ漁は、桁引きと潜水の二種類があります。前者は船の上からどでかい鋼鉄製の熊手を落とし、それを引っ張って海底をさらう漁法です。岩礁地帯ではできません。そうした場所では潜水で獲ります。漁協が潜水部会を作るか、プロのダイバーに委託するか、二通りの方法がある。
ダイバーは獲ったナマコを玉ねぎの袋に入れ、袋が一杯になったら船に揚げます。最初、なんか見たことあんなーと思っていたけど、まさか玉ねぎの袋とは思わなかった。取材しないとこういうディティールはわからない。そして、こういう細部が知りたい。ライターはディティールを書きたがる人間なので、その手の記述がずっぽりぬけてる記事はエア取材です。間違いない。
ちなみに裏のダイバー……密漁団が使うのは首に撒く網です。
黒いあまちゃんとの再会
黒いあまちゃんとは5年後に再会しました。俺は最初の出会いの時、彼女のことを週刊誌に書かせてもらった。『サカナとヤクザ』には再会時のエピソードも載っている。でも、ほんといえば、書かなかった部分がある。俺は彼女をもう一度呼び出しているんです。
彼女の境遇を知れば、ああ、と得心するはずだけど、ここでは伏せておきます。
黒いあまちゃんは、実を言えば他にもいます。いまから10年くらい前、苫小牧近郊に、密漁と覚せい剤売買をシノギとする女性がいました。彼女は北海道の女ヤクザ第一号と言われていた。貧困はこれからも、犯罪に無関係だった人間を引っ張ってくるでしょう
黒いあまちゃんとの後日談は、どこかに書こうと思っています。