自著のための補稿(鈴木智彦)

自著の資料、補足、写真、こぼれ話。

大物は築地の華である

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記事のタイトルは、正延哲士の小説『伝説のやくざ・ボンノ』の有名な一節、「ボンノは、男の華である」オマージュです。実際、そう表現しても異存はなかろう。大物って言うのはマグロです。大きいからだと思います。知らんけど。第二章に、年末、俺が大物の手伝いにまわされ、生のマグロを不用意に持ち上げ怒鳴られるシーンがありますが、これです。乱暴に持つと肉が離れちゃって売り物にならない。

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当然ながらマグロを解体する包丁もでかいです。ほぼ日本刀です。値段もけっこうします。京都の有名である有次から分家した店舗もある。BLEACHの檜佐木修兵がいう”命を刈り取る形”の刃物も売ってます。俺はいつも包丁をここに研ぎに出してるんだけど、そんなに高くないです。有次の店舗は場内に一軒、場外に一軒あったんだけど、場外の店舗はラーメン屋の火事に巻き込まれてしまった。ともあれ、こんな物騒な刃物がそこら中にある場所もそうはないだろう。

あと『サカナとヤクザ』には大物の人らが使う”手鉤”も出来てます。

fishingdirect.jp

いろんな使い方が出来るたいへん万能な道具なんですが、魚河岸以外では一切役に立ちません。というか、持って歩いてたら通報されるだろう。

最後にそんな築地市場で、数年前、マグロ包丁を振り回し暴れた男がおりまして、魚河岸のおっちゃんたちがよってたかってボコる様子が外国人観光客によって撮影されております。俺のバイト先の社員も見に行ったそうで。ターレーの先端部分はぶつけるための鉄板装甲なので、車などひとたまりもありません。

ボコられたおっちゃんはその後、中野区の選挙に立候補してました。選挙は躁病の華なんだな。東京怖い。

 

密漁アワビと訴訟対策

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築地市場で密漁アワビを売ってるかどうか確かめる!ってことでバイトを始めたんですけど、実を言うとすぐ分かったんですよ。あ、黒だなって。ぬるいんで。ただし、告発したいわけじゃない。動かぬ証拠を掴んで、糾弾したいわけじゃないんです。なので、途中から俺を雇ってくれた仲卸に迷惑をかけたくないと考え、密漁アワビの詳細は他の仲卸を調べようと方針転換しました。恩があるところにも、たぶん不正はある。でもそこは触らない。記事を書くための証拠は他から持って来る。言い替えれば訴えられたくないからでもありますがw。

Amazonユニクロという巨大企業に、社会的な意義を持って潜入取材した横田増生さんのような場合だと、のちに訴えられても「公益性」を理由に出来る。じゃあ俺がやった今回の築地はどうなんだと。担当編集とは話をしていた。で、そうなったら負けるだろうと言われていました。

本来、書き屋は全部実名報道したいんです。ノンフィクションは記録でもあります。書き手の目線というバイアスはあっても、可能な限り正確にやりたいと思っている。なにしろ拾った声・談話のすべては個人から発せられたものです。現実の中には個人が存在するだけで、すべての一般化に意味はない。たとえば「男は」「日本人は」「東京都民は」「漁師は」「仲卸業者は」でもなんでもいいいけど、そうくくった時点で話がぼやける。談話はえらい手間をかけて一字一句そのまま文字に起こしているけど、誰がそう喋ったかも正確に記したい。意義があるかという話じゃない。コレクターが病的になってくるとの同じです。

だから築地のくだりは、”潜入”と引き替えに、ほとんどゲラの段階で仮名になってしまってとても残念です。でもまぁ、余計ないざこざになるよりはいい。昨日ブログに、同僚として助けてくれたバイト君の本名を書いてしまったんですが、担当からすぐ『危ないから仮名にしたじゃないすか!』と電話があり、『サカナとヤクザ』で使った仮名に直しましたw

築地市場の落書き

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築地市場にはあちこちに「煙草を吸うな」「落書き厳禁」という張り紙があるんだけど、誰もがくわえ煙草で、そしてあちこちに落書きがあった。これは勝ちどき門にある駐車場ビルの中央にあるターレー用のエレベーター。4機あるんだけどいつもひとつか2つ壊れてて、渋滞している。で、荷物の搬入を考慮し、エレベーターを降りると自分で”閉”ボタンを押さなきゃならないんだが、けっこうな人が押し忘れる。で、イライラが爆発する。そりゃあ「おりたらしめろ バカもの」と書きたくもなる。

 

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これはマグロのセリ場の裏側の壁にあった落書き。カメラを持った観光客のことだろうけど、もっとえぐいのもいっぱいあった。ま、これが乗せられる最低限って感じ。築地はぶっちゃけ前時代の遺物で、だからたいそうフォトジェニックなので、外人受けする要素がたくさんある。でもそれはつまり時代遅れってことで、俺は外国人の築地論や映像に、同じく外国人ジャーナリストたちのヤクザ感に通底する幻想を感じてしまう。だって築地ってもっと汚いもん。

その象徴として、きったないトイレがあるんだが、写真はあるけど載せないでおきますw

 

落ちないのかなって思いませんか?

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落ちるんですw 当然、落ちたよーって声をかけます。冷凍マグロだけではなく、発泡のケースも落ちます。カーブじゃなくても落ちる。高く積み上げた時、崩れないようラップを撒く時があるんですけど、それをしないほうがかっこいい、みたいなところはある。で、このラップ、1500円くらいするんです。購買で売ってるヤツは特殊な製品なんだろうか。

ともあれ……あちこちでターレーからモノが落っこちるので、築地の正門など、守衛さんがいるところに設置されている落とし物のボードに「マグロ」や「アジ」など、普通ではない品物がマジックで書き込まれる。しかし、あれだけ人がいれば手癖の悪い業者もいます。落とし物をパクるヤツがいる。マグロなんて一塊ですごい金額です。仲卸の人に質問すると「あそこがヤバい」っていうはずです。

盗難騒ぎも定期的にありました。ばれたら無事ではいられないでしょうけど。

あと、築地が移転になって、便乗クソ本が乱造されるはずなので、中身のない本を買ってしまわないよう気をつけて下さいw

築地魚河岸にある、恋人を連れて行きたい場所

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それは冷凍庫です。マイナス18度より低いっす。密室に連れ込んでスケベなことをするわけではないw じゃあどうしてか。すっごくいい匂いがするんですよ。仕切りに使ってる木材と海産物の匂いが入り交じって。芳醇なウイスキーを連想させるような、最高の香りが漂っている。

でも簡単に入れません。だって高価なものばっかりしまってある。実際、盗難騒ぎもある。怪しいヤツはすぐ分かりますが。

知り合いがいるなら、ぜひ連れて行ってもらってください。豊洲の新品の冷凍庫はどんな匂いがするんだろう。

 

 

 

 

鮭のドレスとスーパー・バイトの加藤さん(仮名)。

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第二章で出てくる鮭のドレス。ドレスとは魚の頭、エラ、内臓を取り除いたもののこと。この箱の中にドレスが4~6匹分入ってるんだけど、いったん取り出し、電動のこぎりで二枚下ろしにして、再び箱詰めして配送場所に運ぶ。これが午前2時に出社して、最初にやる仕事でした。重いんですよ。めちゃくちゃ。ターレに5段重ねくらいだったら俺も詰めます。でもそれじゃ駄目なんです。

同僚のスーパー・バイトの加藤さん(仮名)……第二章に出てくるんですけど、彼はドレスを6段とか7段重ねにしていた。腕力もあって頭も切れる。気も回るし、ターレーの運転もうまい。場内でターレーはどう走ったらいいのか知ってますか? あれ、怯んだ方が道を譲るんですw 加藤さんは絶対に競り負けなかった。そのぶん事故は多かったけど。ちなみにターレーにはナンバープレートがついてるので公道はどこでも走れます。そして築地の場内で事故になると警察が来て検分をする。保険もききます。

加藤さんはオヤジ狩りをして捕まり、高校を中退して、一時期、ヤクザに誘われたらしい。すごくわかる。実際、昔はこういった人が若い衆になってたんだと思う。

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加藤さんはまだ築地で働いている。もう5年だからけっこうな顔だろう。俺は加藤さんからもらったドカジャンをいまも持っている。今年も活躍するだろう。

著者近影

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築地の仲卸でバイトを始めた時、みるものすべてが新鮮で、あっちこっちに「遊びに来て!」と声をかけていた。いや、実際に来られてもバイト風情が提供できる特別サービスはないんだが。ただし、ターレーの後ろには乗ってもらえた。混雑した市場の中、たとえ誰を乗せてもスイスイ走れる程度には上達していた。

本来、荷台には人が乗ってはいけないらしい。が、築地でそんなことを気にしているヤツはいない。時々市場の奥まで迷い込んでいる観光客が、重そうなスーツケースを押していると、「乗りなよ」と声をかけ、荷台に乗っけて送った。今時、知らないおっさんが車を停め、車に乗るよう声をかけても、ほぼ100パーセント断られるばかりか、警察に通報されるだろう。しかし場所が築地で、乗り物がターレーだと、老若男女断る人はいなかった。そう考えると不思議な場所であり、乗り物だ。でも分かる。だってターレの後ろに乗ってみたいよね。

友達の古賀大郎さんが遊びに来た時、彼はカメラマンらしくフルサイズの一眼レフを持参していた。ターレーで家族を正門まで送ったあと、この写真を撮ってくれた。俺はもともとカメラマンなので、著者たちがカメラマンが取材で撮ったであろう写真をもらいうけ、好き勝手に使い回しているのがすごく嫌である(クレジットくらい入れるべきだろう)。当然、『サナカとヤクザ』に使ったこと写真にはクレジットを表記し、ギャラも支払っている。

ところが…見本が刷り上がって写真をみたら、古賀さんの名前が「太郎」に誤記されていた。俺がゲラを読んだ時にはまだクレジットが入っておらず、直接確認はしていないんだけど俺のせいです。古賀さん、ごめん。増刷になったら必ず直します。