自著のための補稿(鈴木智彦)

自著の資料、補足、写真、こぼれ話。

根室・特攻船のシルエット

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別のエントリーにも書いたが、俺は乗り物やカメラの描写がやたら多く、詳細になります。特攻船に関しては、遠慮なく自分の趣味を発揮して取材・検証しました。最高速度や改造方法、操縦のテクニックなど、詳細に聞き書きした。他の書き手なら無視するようなことも。

最初の特攻船は羅臼沖で鮭を狙いました。北海道ではアキアジというヤツです。このときはまだ和船に普通の船外機を積んでいました。その後、北方領土貝殻島周辺でウニを狙うようになり、このあたりから船体に大幅な改造を施し、大馬力エンジンを搭載していきます。必須だったのは写真上のようなキャビンで、通常、このクラスの和船にはない装備です。ソ連国境警備隊とガチの鬼ごっこをするためには、防風設備が必須だったのでしょう。

 

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船外機に『40』とあるのは40馬力であり、特攻船が積んでいたのは200馬力のエンジンでした。漁船は法律で最高出力が決められているので、レジャーボード扱いになる。それを最後には四機掛けしたんです。合計800馬力。燃料はすべてハイオクガソリンを炊く。レースに出てるパワーボートで密漁してるようなもんです。

この当時、根室歯舞のガススタは、日本で一番ハイオクを売ったらしい。なにせ晴れれば毎日特攻。カニにシフトしてからは片道2時間かかる特攻もあった。秘密兵器の存在も今回の取材で掴みました。特攻船取材、面白かったです。

 

 

 

築地の魚河岸のナンバーワン食堂

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そりゃあ吉野屋の1号店でしょう。異存あるまい。狂牛病騒ぎの中でも牛丼の提供をやめなかったらしい。銚子市に観光行って肉を食う逆張りはイラッとくるんですけど、魚河岸で肉を食うのは、ここで働いてる人間のチョイスに乗っかってみるという雰囲気があって好きです。ああ、ただの身勝手。

 

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実際、場内で寿司食ってるのは観光客です。というより、多くの業者が安い業者から弁当をとってて、それを食べていた。味気ない話で。

場内にあった豊ちゃんの『あたま』は、カツ丼の上にのってる具、っつーか、カツの卵とじのこと。ライスを別注するのが通らしく、築地市場聞き書きにも登場します。

味は……うまいけど…けど…って感じでしたw

釧路から根室に向かう途中、思わずバイクを止めた場所。

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釧路から根室まで、もう何往復したかわかりません。走るたびに綺麗で北海道らしい風景と感じる。根室では見たこともない野鳥がこうした風景をバックに飛んでるだけではなく、ごみステーション生ゴミを漁っておりますw ものすごくシュールな光景です。

倦怠期のカップルは、こうした川でカヌー漕いだらいいよ。知らんけど。

根室に残る密漁の残滓

 

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密漁で栄えた根室には、全国から有名な店のコックが集められました。そしてたくさんのオリジナル料理を考案した。それだけ街が賑やかだったわけです。『サカナとヤクザ』で、もっとも取材と執筆に時間をかけたのが根室の密漁です。関係者に直接話を聞けるのはたぶん最後だと感じた。その後、俺が死んだ後もこの時期の根室は何度も記事になるはず。おおげさにいえば100年後の同業者のために、先輩たちが書いた膨大なレポ船・特攻船記事の総括のつもりで書いたんです。

第五章の冒頭に出てくるエスカロップ、この写真のものは有名店・どりあんのものです。根室のあちこちで食えます。タケノコ入りバターライスに薄いカツレツ、ドミグラスソースというレシピです。道内では給食に出たり、コンビニのメニューになったりしました。

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ドリアンにはエスカロップの解説もあります。

 

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同じくドリアンのオリエンタルライスは、ドライカレーの上に牛下がり肉(内地でいうハラミ)を載せ、ステーキソースがかかってます。これをまずいという人は舌がおかしい。だって美味くなる要素しかない。

 

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ニューかおりのスタミナライスは、ご飯の上にトンカツ、さらに野菜炒めをのっけて目玉焼きというパワフルさですが、案外、あっさりしてておっさんでも食べられます。こうした料理は漁師が手早く、おいしく、腹一杯になるよう考案されたもので、これだけオリジナルの洋食が根付いているのは北海道でも根室だけです。

根室を訪問したら、根室華まるの本店行って回転寿司食って、あとはあちこちでオリジナル洋食をぜひ食して欲しい。エピソードごと人に話したくなる味です。

東庄の十一屋を今風にいえば密接交際者

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東庄には天保水滸伝に出てくる十一屋が残っています。今は旅館をやめ、当主の陶芸展示室になっているんだけど、外観は往事を感じさせる渋いたたずまいです。ここでなにがあったかというと花会です。浪曲師は「はながい」と発音していますが、「はなかい」でも間違いではありません。

 

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『サカナとヤクザ』にも書きましたが、花会を東映任侠映画風に言い替えれば、総長賭博になる。主催者の博徒が金集めのために行う博奕のことで、客は主催者と同じ貫目のヤクザが集まってきます。総長の主催だから客も総長たちです。VIPの親分たちばかりが集まった博奕ということです。つまり十一屋は、暴力団が博奕場として借りていた旅館であり、密接交際者というわけです。

 こうした博奕は、たとえば刑務所に服役することになった総長のためとか、代目継承のお祝いなどで行われます。ところが天保八年、笹川の繁蔵が行った花会は、飢饉に苦しんでいた一帯の住民を救済するためでした。この心意気に賛同して、全国からスーパースター級の親分たちが遠路はるばる集まってきます。ところが、縄張りを接し、常時トラブルを抱えていた飯岡助五郎(博徒兼漁師の網元)は、いまふうにいえばわずかの賛助金を子分に持たせて、自分は欠席しちゃうんです。

名代となった子分は入口でその賛助金を渡そうとした。ところがたまたまこれをみていた笹川繁蔵がそれを奪うように持ち去っていきます。「うちの親分もケチだが、笹川もなかなかのもんだ」と呆れかえる子分。花会のため十一屋に上がり、全国から博徒オールスターが集結していたのをみて青ざめます。住民救済のための賛助金、その一覧が張り出されていたからです。

ところが笹川繁蔵は飯岡からの賛助金を、他の親分に匹敵する金額として張り出すんです。つまり飯岡の顔を潰さないよう、自分の金を足した。入口で賛助金をひったくるように奪っていったのはそのためでした。子分は感謝し、内心、男泣きする。このあたりはまどろっこしい日本らしさがたっぷりあって、たいへんヤクザっぽいです。そのうえ国定忠治清水次郎長など、登場人物が派手なためでしょうか、この『笹川の花会』は、天保水滸伝でも人気の場面になっておる。ヤクザのことを取材してきたライターの俺から言わせますと、飯岡がそういった態度を取ったのは笹川の策略だと思うんですけど、そこはまぁ、野暮なことは言わないでおきます。

  

浪曲や講談は、落語と違い興行においてヤクザとべったりだったので、『サカナとヤクザ』にもそのあたりの生々しい話を少し書きました。神田松之丞にも触れています。うちのかーちゃんは松之丞の師匠が好きなんすけど、天保水滸伝といえば玉川福太郎と思うので、リンクはそちらを貼った次第です。

 

利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟

 

これは天保水滸伝でもっとも有名なフレーズです。リンクした動画の冒頭部分です。天保水滸伝資料館には、天保水滸伝が大好きだった田中角栄がこのフレーズを書いた書が展示されています。そのまま暗記して下さい。任侠検定に出ますw

東庄は町全体が暴力団推し

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俺が知ってる限り、街ぐるみで地元のヤクザを観光資源にしているのは、静岡県の旧清水市(現静岡市清水区)と千葉県東庄町のふたつです。前者は清水次郎長の地元であり、後者は天保水滸伝の善玉である笹川繁蔵の縄張りになります。そう書くと、「当時の侠客は今の暴力団とは違う。人間として素晴らしいところがあったし、犯罪結社でもなかった。一緒にするな」と批判されるかもしれない。

実際、東庄で天保水滸伝の史跡をボランティアで解説してるみなさんは、笹川の墓の前で「この碑を建てるためにとてもえらい・すごい人が賛同してくれた。いまのヤクザ(※はっきりヤクザとか暴力団とは言わない)とは違う」うんぬん、無職渡世のヤクザの親分、我が町のヒーローがいかに特別だったか、一生懸命説明してくれたんですけど、ヤクザはしょせんヤクザです。当時の博徒程度の侠気はいまの暴力団にもあるし、今の暴力団の反社会性や不道徳は、当時の侠客にもあった。なにしろ、世間の権威、よくよく考えればただのまやかしでしかない虚構の力を借りて、ヤクザを弁護する必要はない。ヤクザ劇の主人公たちに対する冒涜でもあります。

昔のヤクザ物語からは、背後にある差別問題が透けて見えます。天保水滸伝のそれは巧妙に隠されていますが、予備知識があるとわかるんです。

東庄はコンパクトにまとまったヤクザ活劇の史跡です。

 

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ここは天保水滸伝資料館からすぐのところにある笹川繁蔵の愛人の実家で、残念ながら休みだったけど、位牌があるらしい。なぜ愛人というか……ヤクザは無宿人だからです。無宿人であるため正式な籍を入れられなかったので、女房と呼べない。ヤクザは当時、人の扱いを受けられなかった集団です。社会の底辺に生きた人間たちです。本来、ヤクザ活劇の面白さはそこにあるんですけど、まぁ、子母澤寛がいうように、天保水滸伝は面白ければそれでいいと思います。

 

 

銚子の飯屋について書かせてほしい。

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出張先でTweetすると「あれがおいしい」「この店に行って下さい」とオススメされまして、そのたび、うるせぇ飯屋くらい自分で探せると思いつつ、「ありがとうございます」と完璧な社交辞令を返す俺ですが、ちょっと書きたい。銚子に行って寿司を食わないなんて馬鹿らしい。肉を食えとかいう逆張りいらないです。七年連続水揚げ日本一の漁港なのに。

実際、市内を車で走ってると寿司屋とスナックがやたら目に付く。食べログはぜんぜんあてになりません。ああいうサイトのコメント観てるといらつきませんか? 関係者はうんこ踏め。田舎の店に「俺は客だ。うまいもん食わせろ」と乗り込んでどうする。抱き込むんだよ、うまいもん食いたきゃ。っつーかいくら銚子の寿司屋でも、市場に魚があがってない日に新鮮なネタはない。当たり前の話じゃないか!

銚子はプリンのような伊達巻きが有名で、これはほんとにおいしいです。で、どの寿司屋でも食えるんだけど、オリジナルは『大久保』のそれといわれています。

『大久保』はすごく変わった店で、あまり商売っ気がありません。店に入ると、「うちはつまみないですけどいいですか?」と言われる。それでも刺身程度は頼めます。馬鹿高い寿司屋のお造りとは違う、漁師町特有の「生魚のぶつ切り」を堪能して下さい。値段はとても安いです。

 

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あと銚子港には”名前のない”屋台のラーメン屋があります。ものすごく雰囲気がいい。こんなシチュエーションの屋台なんて全国でもここしかない気がする。で、けっこう客が来る。常連さんもいるし、俺のような余所者もいる。そして朝になると綺麗に片付いている。いつまでやってるのか……店主も奥さんも年配だから、来年は食えないってこともあり得ます。

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ラーメンもなかなか凝ったスープで、感動してTweetすると「俺がいつもいってるラーメン屋はもっと安い」みたいなリプライがつきました。じゃあうまかっちゃん食えばいいじゃん。こういうリプライを流せず、クソリプ死ねとか言い出したらSNSを休もう。

blog.goo.ne.jp

 

さらにもうひとつ。銚子観音の下にある『さのや』という今川焼きの店なんすけど、でかい。そして安い。車は店の前に停められます。店でも食えるし、テイクアウトも地方発送もできる。

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これらに加えて、銚子電鉄が赤字解消のために売り出した濡れせんべいを食えば、食の観点からみれば、けっこういい旅の思い出になるんじゃないかと思います。実際、銚子電鉄犬吠駅で焼いてました。びびった。

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