自著のための補稿(鈴木智彦)

自著の資料、補足、写真、こぼれ話。

密漁アワビと訴訟対策

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築地市場で密漁アワビを売ってるかどうか確かめる!ってことでバイトを始めたんですけど、実を言うとすぐ分かったんですよ。あ、黒だなって。ぬるいんで。ただし、告発したいわけじゃない。動かぬ証拠を掴んで、糾弾したいわけじゃないんです。なので、途中から俺を雇ってくれた仲卸に迷惑をかけたくないと考え、密漁アワビの詳細は他の仲卸を調べようと方針転換しました。恩があるところにも、たぶん不正はある。でもそこは触らない。記事を書くための証拠は他から持って来る。言い替えれば訴えられたくないからでもありますがw。

Amazonユニクロという巨大企業に、社会的な意義を持って潜入取材した横田増生さんのような場合だと、のちに訴えられても「公益性」を理由に出来る。じゃあ俺がやった今回の築地はどうなんだと。担当編集とは話をしていた。で、そうなったら負けるだろうと言われていました。

本来、書き屋は全部実名報道したいんです。ノンフィクションは記録でもあります。書き手の目線というバイアスはあっても、可能な限り正確にやりたいと思っている。なにしろ拾った声・談話のすべては個人から発せられたものです。現実の中には個人が存在するだけで、すべての一般化に意味はない。たとえば「男は」「日本人は」「東京都民は」「漁師は」「仲卸業者は」でもなんでもいいいけど、そうくくった時点で話がぼやける。談話はえらい手間をかけて一字一句そのまま文字に起こしているけど、誰がそう喋ったかも正確に記したい。意義があるかという話じゃない。コレクターが病的になってくるとの同じです。

だから築地のくだりは、”潜入”と引き替えに、ほとんどゲラの段階で仮名になってしまってとても残念です。でもまぁ、余計ないざこざになるよりはいい。昨日ブログに、同僚として助けてくれたバイト君の本名を書いてしまったんですが、担当からすぐ『危ないから仮名にしたじゃないすか!』と電話があり、『サカナとヤクザ』で使った仮名に直しましたw